情報公開・個人情報保護審査会の答申書

  • このページでは、アクセシビリティ向上のため、PDFで公開されている情報公開・個人情報保護審査会の答申を、そのままテキスト化しています。
  • 原本は、総務省の情報公開・個人情報保護審査会ウェブページに掲載されているPDFファイルです。
  • テキスト内容は同一ですが、ウェブページの仕様上、インデント等の書式に若干の違いのある場合があります。また、視認性を高めて文脈の理解を助けるため、節表題等を太字にしたほか、指導原則の引用部分の前後を1行空けています。
  • PDF版の答申書では、審査請求人が意見書の中で引用した国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の引用部分と、他の本文部分との区分が判然とせず、分かりにくい記述になっています。引用部分の明確化のため下記も参照してください。区分を明確化している元の意見書を参照することもできます。
  • 長文であり、かつ記述構成が分かりにくいため、できるかぎりやさしい会話調の表現でポイントの骨子を示します。このサイトの管理者(=審査請求人)による骨子ですので、正確な内容は答申書を参照してください。


【やさしい表現での答申書の骨子】

 答申書は、冒頭の簡潔な結論部分に続き、①審査請求人の請求理由と意見書の内容②諮問庁(経済産業省)の説明と処分理由及び補充理由の内容③情報公開・個人情報保護審査会の判断理由と付言、という記述構成になっています。以下では、会話調の表現で①②③のポイントの骨子を示します。( )内はサイトの管理者による補足です。

 なお、審査会による最終判断よりも前に諮問庁から補充理由説明書の提出があったため、冒頭の結論部分では、「諮問庁がなお不開示とすべきとしている部分」についての判断が示されています。この判断内容は、①にみられるように審査請求人も当初から提案していたものです。

  • 審査請求人:
    「回答した企業名を明かさないという条件でアンケート調査を行ったので、回答した企業名が知れてしまうと信頼関係が崩れ、今後協力が得られなくなって事業に支障が出る、と経済産業省さんは仰るけれど、ちゃんとマスキングしたら大丈夫なんじゃないでしょうか? 公益性のある内容であり、そもそも透明性はとても重要だし。」
  • 諮問庁(経済産業省):
    「回答した企業名を明かさないという条件で調査を行ったので、回答した企業名が知れてしまうと信頼関係が崩れ、今後協力が得られなくなって事業に支障が出ます。したがって、審査請求は棄却したいです。ただ、審査請求人さんの意見書などを検討した結果、回答した企業名がわかる部分と個人名がわかる部分を除いて(=マスキングして)開示することにします。法律上の不開示理由も変更します。」
  • 情報公開・個人情報保護審査会:
    「回答した企業名を明かさないという条件で調査を行ったので、回答した企業名が知れてしまうと信頼関係が崩れ、今後協力が得られなくなって事業に支障が出る、との経済産業省さんの説明は否定しがたいです。したがって、回答した企業名がわかる部分と個人名がわかる部分を不開示とする(=マスキングする)ことは妥当です。なお、自由記述回答部分の全てを不開示とした経済産業省さんの当初の判断は、不開示部分と不開示理由についての検討が不十分であったことは明らかです。今後は開示・不開示の判断にあたって情報公開制度の趣旨から適切に判断することが望まれます。」

以下、答申書です。


諮問庁:経済産業大臣

諮問日:令和4年11月28日(令和4年(行情)諮問第677号)

答申日:令和5年10月2日(令和5年度(行情)答申第353号)

事件名:「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」における自由記述回答の内容が記された文書の不開示決定に関する件

 

 

答 申 書

 

第1 審査会の結論

 別紙の2に掲げる文書(以下「本件対象文書」という。)につき,その全部を不開示とした決定について,諮問庁がなお不開示とすべきとしている部分は,不開示とすることが妥当である。

 

第2 審査請求人の主張の要旨

1 審査請求の趣旨

 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく開示請求に対し,令和4年8月15日付け20220620公開経第2号により経済産業大臣(以下「処分庁」又は「諮問庁」という。)が行った不開示決定(以下「原処分」という。)について,本件対象文書の開示を求める。

2 審査請求の理由

 審査請求人の主張する審査請求の理由は,審査請求書及び意見書によると,おおむね以下のとおりである。

(1)審査請求書(添付資料は省略する。)

 行政文書開示決定等通知書において,不開示とした理由では,「本件アンケート調査の調査結果は個社が特定されない形で加工・集計した上で公表するとの前提で実施したものであり,各法人等から公にしないとの条件で任意に提供されたものであって」と記されている。この記述の根拠と考えられる記述は下記のとおりである。

(ア)「調査結果は,個社が特定されない形で加工・集計した上で,公表する予定です。」(経 済産業省通商政策局ビジネス・人権政策調整室/外務省総合外交政策局人権人道課「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」へのご協力のお願い」(令和3年9月3日))

(イ)「本調査を通じて得られた回答記入者の氏名,企業名・部署名,連絡先等の個人情報,及び,本調査を通じて得られた個社の回答内容につきましては,経済産業省,外務省,委託事業者にのみ共有され,行動計画策定後の日本企業の取組状況を把握するという本調査の目的以外には利用いたしません。また,漏洩等の事故が起きないよう厳格に情報管理いたします。」(「アンケートの回答方法・期限について」)

(ウ)「調査結果は,個社の特定に繋がらないよう必要な加工を行った上で,「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁連絡会識」をはじめとする日本政府の会議等での対外説明・公表や,経済産業省等が企画する政策等の基礎資料として利用することを予定しております。」(「アンケートの回答方法・期限について」)

(エ)「なお,調査結果は集計値の形でのみ利用し,個人情報,ご回答内容が外部に公開されることはありません。」(アンケート調査票末尾の記載)

 経済産業省は,令和3年11月30日,本件アンケート調査の選択回答部分の結果の一部をウェブサイト上で公表した。しかし,自由記述回答においても,個社名等の個社の特定につながるような情報を適切にマスキングする等して加工すれば,個社の特定につながることはない。その場合,回答した当該企業には自社の回答であることが推認される可能性はあるが,当該回答企業以外の第三者が個社の特定を行うことは不可能である。アンケート調査票末尾の記載である「集計値の形でのみ利用し」についても,上記のように適切にマスキング等した上で自由記述回答内容を調査結果として公表し,その上で,それらを適宜カテゴライズするなどして集計値の形で利用すれば,「個人情報,ご回答内容が外部に公開される」ことにはならない。

 したがって,自由記述回答の内容が記された本件対象文書のすべてを不開示とした処分は違法である。

 行政文書開示決定等通知書において,不開示とした理由では,「法人等における通例として公にしないこととされているもの等」に該当すると記されているが,その根拠が示されていない。法5条2号ロの規定は,法人等又は個人の属する業界等における通常の取り扱いを勘案した場合でも「当該情報の性質,当時の状況等に照らして合理的であると認められる」場合を除き,当該行政文書を開示しなければならない旨を示している。しかし,そもそも本件の場合,上記アに示したように,自由記述回答結果についても,適切にマスキングするなどして個社が特定されないように加工した上で,他の選択回答結果とともに公開されると解するのが通常である。

 さらに,「法人等又は個人における通例として公にしないこととされているもの等」の「等」は法5条2号ロにいう「その他の当該条件」に該当すると考えられるが,本件アンケート調査は,日本政府が2020年10月に策定した『「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)』のフォローアップの一環として実施されたものであるところ,同行動計画については,その正当性と有効性を担保するために,策定及び改定につながる実施のプロセスすべてにおいて,透明性及び包摂性(関係するステークホルダーとの協議)が国連からも強く求められている。そのためには,可能な限り情報を公開し,透明性を確保して包摂的な議論に資することが求められる。したがって,「その他の当該条件」を理由に自由記述回答結果のすべてを不開示とすることは,「当該情報の性質,当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの」ではない。可能な限り透明性を確保する努力が経済産業省にも求められており,適切なマスキング等の工夫をすることなく,安易に自由記述回答結果のすべてを非公開とし,「経済産業省,外務省,委託事業者にのみ共有」することに合理性はなく,逆に,経済産業省の事務又は事業の「適正な遂行」(法5条6号)の支障となっている。

 したがって,自由記述回答の内容が記された本件対象文書のすべてを不開示とした処分は違法である。

 行政文書開示決定等通知書において,不開示とした理由では,「経済産業省の事務又は事業に関係する様々な事業者から,適宜に幅広く情報収集を行うことが困難となり,経済産業省の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」があることを挙げている。しかし,その原因として「当該文書を経済産業省が公にすることにより,今後の同種のアンケート調査に協力を得られなくなる,又は,経済産業省に情報提供をしようという事業者が,提供した資料が公になることをおそれるあまり,情報提供をすることをためらうおそれがある」と説明している。しかし,原因とされている「おそれ」はいずれも具体的な根拠のない憶測にすぎず,法的保護に値する蓋然性はない。さらに,上記アで述べたように,適切にマスキングするなどして加工すれば回答した事業者を第三者が特定できないことは明らかである以上,そもそも原因とする根拠がない。

 また,今後の取組を真摯に模索している事業者にとっては,他社がどのように考え,どのように回答しているかは,むしろ積極的に知りたい内容であると考えられる。その意味で,不開示とされた内容は公益性の高い情報であり,開示することによってもたらされる社会全体の利益と,開示することにより生じるとされる「支障」とを適切に比較衡量すれば,利益が支障を上回ることは明らかである。

 したがって,自由記述回答の内容が記された本件対象文書のすべてを不開示とした処分は違法である。

(2)意見書(添付資料は省略する。)

 審査請求書のウで述べた「また,今後の取組を真摯に模索している事業者にとっては,他社がどのように考え,どのように回答しているかは,むしろ積極的に知りたい内容であると考えられる。その意味で,不開示とされた内容は公益性の高い情報であり,開示することによってもたらされる社会全体の利益と,開示することにより生じるとされる「支障」とを適切に比較衡量すれば,利益が支障を上回ることは明らかである。」について,補足的に意見を述べる。

 不開示とする処分がなされた本件アンケート調査の自由記述回答を求める設問は下記の2つである。

 設問8「人権方針策定に向けては,国際的な基準に準拠していることが求められますが,その際の課題あるいはその他何かコメントがあれば自由にご記入ください。

 国際的な基準:国際人権規約,国際ビジネスと人権に関する指導原則,ILO基本8条約,ILO宣言(労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言),ILO多国籍企業宣言(多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言),OECD多国籍企業行動指針,国連グローバルコンパクト,など」

  設問56「その他政府への要望があれば自由にご記入ください。」

 この二つの設問のうち設問56については,その前の設問55で,比較的詳細な26項目からの複数選択回答を求めており,この回答については一定のクロス集計結果も含めすでに経済産業省ウェブサイトで公開されている。したがって,概ねの「政府への要望」は知ることができる。一方,設問8については,企業が抱える「課題」等について,設問55のような選択式の設問がなく,おおよその傾向さえ知ることができない。したがって,設問8に焦点を当てて,開示がなぜ必要かを述べる。

 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」という。)は,原則12で以下のように「国際的に認められた人権」(設問8でいう「国際的な基準」の最も基本となるもの)に依拠することを求めている。

 

指導原則12

 人権を尊重する企業の責任は,国際的に認められた人権に拠っているが,それは,最低限,国際人権章典で表明されたもの及び労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則と理解される。

(解説)

 企業は,国際的に認められた人権全般に実際上影響を与える可能性があるので,その尊重責任はそのような権利すべてに適用される。特に,人権の中には,他のものに比べ,特定の産業や状況のなかでより大きいリスクにさらされる可能性のあるものがあり,そのために特に注意が向けられる対象となる。しかしながら,状況は変化することがあり,あらゆる人権が定期的なレビューの対象とされるべきである。

 国際的に認められた主要な人権の権威あるリストは,国際人権章典(世界人権宣言,及びこれを条約化した主要文書である市民的及び政治的権利に関する国際規約ならびに経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約)とともに,労働における基本的原則及び権利に関する宣言に挙げられたILO中核8条約上の基本権に関する原則にある。これらは,企業の人権に対する影響を他の社会的アクターが評価する際の基準である。企業が人権を尊重する責任は,関連する法域において国内法の規定により主に定義されている法的責任や執行の問題とは区別される。

 状況に応じて,企業は追加的な基準を考える必要があるかもしれない。例えば,企業は,特別な配慮を必要とする特定の集団や民族に属する個人の人権に負の影響を与える可能性がある場合,彼らの人権を尊重すべきである。この関係で,国際連合文書は先住民族,女性,民族的または種族的,宗教的,言語的少数者,子ども,障がい者,及び移住労働者とその家族の権利を一層明確にしている。さらに,武力紛争状況では,企業は国際人道法の基準を尊重すべきである。

 

 ここでいう「人権を尊重する企業の責任」には,設問8で直接尋ねられている「人権方針の策定」はもとより,指導原則が求める「人権デュー・ディリジェンスの実施」,「救済へのアクセスの確保」に関しても当然ながら含まれ,企業が指導原則に基づいて「ビジネスと人権」の課題に取り組むあらゆる段階で求められる重要な要素となっている。しかしながら,「人権」についての共通理解に乏しい日本企業において,こうした「国際的に認められた人権」に基づいた取組を行うことは容易ではない。どうすれば国際的な基準に基づいていることになるのか,担当者は理解していてもそれを社内でどう説明すればいいのかといった「課題」を多くの企業が抱えているのが現状である。人権方針等で世界人権宣言や国際人権規約等の人権関連文書に言及するだけでは,国際的な人権基準に基づいて取り組んでいることにはならない。そうした形式だけを整えても,企業は人権尊重責任を十分に果たすことはできず,企業活動による潜在的な負の影響を防止・軽減し,実際の負の影響を是正して救済につなげる取組も不十分なままになる。また,国の内外において責任ある企業行動がますます求められるなか,企業間取引でも,また資本市場でも消費市場でもいずれ排除されてしまい,企業経営にもマイナスの影響が及ぶ。

 審査請求人自身の調査研究等でも,こうした課題をいかに解決するかが重要なテーマの一つになっており,この設問8は重要な意味を持つ。加えて,真摯に取り組んでいる企業にとっても,設問8は重要な意味を持つ。

 令和5年12月,設問8の結果の開示に関して,複数の企業及び企業団体(5社及び1企業団体)の担当者に電話等でインタビューを行った。5社はすべて,本件アンケート調査に協力した企業だった。その結果,すべてのケースで「設問8の結果を知りたい」という回答があり,母数は少ないが,審査請求書のウで「また,今後の取組を真摯に模索している事業者にとっては,他社がどのように考え,どのように回答しているかは,むしろ積極的に知りたい内容であると考えられる。」と述べていたことが裏付けられた。以下にその概要を記す。

(ア)「特になし」と答えたが,他社の課題を知るのはすごくメリットがある。(運輸業)

(イ)人権分野は環境分野のような明確な評価指標が未整備であり,そうした中で他社が国際基準についてどこまでやればよしとしているか,という視点から結果を知りたい。(食品製造業)

(ウ)国際的な基準のレベル感がわからないまま手探りで進めており,同業はじめ他社にどんな悩みがあるか知りたい。(インフラ事業)

(エ)課題が多すぎる中,自社が見落としていることがないかどうか知りたい。(BtoB製造業)

(オ)勉強になるため結果を知りたい。(食品製造業)

(カ)他社の取組の情報は自社にとっても非常に重要で,自団体でも情報交流の場を設けている。自社が世の中とどれだけ乖離しているかを知ることは取組を進める上で非常に重要。(企業団体)

 こうして,真摯に取り組もうとしている企業の課題は多く,悩み深いのも現実である。こうした現状のもと,可能な範囲で(つまり,繰り返しになるが,個社の特定につながるような情報を適切にマスキング等して加工した上で)結果を開示することが,本件アンケート調査の回答に協力した企業をはじめ,広く企業の取組に資することになると考える。

 指導原則は,原則3で,「国家の人権保護義務」の一つとして,「人権をどのように尊重するかについて企業に対し実効的な指導を提供」すべきであるとし,「人権尊重に関する企業への指導は,結果として何が期待されているのかを示し,最良の慣行の共有を促進すべきである」としている。「最良の慣行の共有を促進」するためには,課題に満ちた現実の中にある企業の経験を共有し,企業自らによる課題の解決に資することも必要であると考える。ここに設問8の結果を共有する意義がある。数多くの企業の取組に資する設問8の結果の情報は,それ自体すぐれて公益性を有し,開示することによってもたらされる,企業を含めた社会全体の利益は非常に大きいと考える。「ビジネスと人権」に関する認識が広まり,企業の取組が日本全体としてようやく緒についた現在の状況において,取組にとって有益な情報を企業にも共有し,企業の協力を得ながら政策を進めることが政府には求められていると考える。

 

指導原則3

 保護する義務を果たすために,国家は次のことを行うべきである。

a.人権尊重し,定期的に法律の適切性を評価し,ギャップがあればそれに対処することを企業に求めることを目指すか,またはそのような効果を持つ法律を執行する。

b.会社法など,企業の設立及び事業活動を規律するその他の法律及び政策が,企業に対し人権の尊重を強制するのではなく,できるようにする。

c.その事業を通じて人権をどのように尊重するかについて企業に対し実効的な指導を提供する。

d.企業の人権への影響について,企業がどのように取組んでいるかについての情報提供を奨励し,また場合によっては,要求する。

(解説)

 国家は,企業が常に国家の不作為を好み,または国家の不作為から利益を得ると推定すべきではなく,企業の人権尊重を助長するため,国内的及び国際的措置,強制的及び自発的な措置といった措置を上手に組み合わせることを考えるべきである。

 企業の人権尊重を直接的または間接的に規制する現行法が執行されないことは国家慣行上の著しい法的ギャップである。それは,差別禁止法や労働法から,環境,財産,プライバシー及び腐敗防止に関する法にまで及ぶ。したがって,国家は,そのような法律が,現在,実効的に執行されているか,もし執行されていないのであればなぜそのような事態に至ったのか,どのような措置をとれば状況がそれなりに改善するのかについて考察することが重要である。

 同様に重要なことは,これらの法令は常に進化しつつある状況に照らして必要な対処ができるか,関連した政策とともにこれらの法令は,企業の人権尊重に資する環境を作りだしているかについて,国家が再検討することである。例えば,土地の所有や使用に関連する権原を含む,土地へのアクセスを規律するような,法令や政策の分野において明確性をより高めることが,権利保持者と企業の双方を保護するために,必要となることも多い。

 会社法や証券法など,企業の設立と継続的な事業活動を規律する法令や政策は,企業の行動に直接的に枠付けをする。しかし,それが人権に対してどのような影響を持つかということについては,ほとんど理解されていないままである。例えば,会社法や証券法において,会社及びその管理職が人権に関して何を求められているのかということは言うまでもなく,何を許されているかに関しても,明確な規定はない。この分野の法令や政策は,取締役会など既存の統治組織の役割に配慮しながら,企業が人権を尊重できるように十分な指導を提供すべきである。

 人権尊重に関する企業への指導は,結果として何が期待されているのかを示し,最良の慣行の共有を促進すべきである。そこでは,人権デュー・ディリジェンスを含む適切な手法や,先住民族,女性,民族的または種族的少数者,宗教的及び言語的少数者,子ども,障がい者,及び移住労働者とその家族が直面する具体的な課題を理解したうえで,ジェンダー,社会的弱者,及び/または排斥問題をいかに実効的に考慮するかについて助言すべきである。

 パリ原則に基づいた国内人権機関は,関係法令が人権義務に合致し,実効的に執行されているかどうかについて国家が確認するのを助け,人権に関する指導を企業や他の非国家アクターにも提供するという,重要な役割を有している。

 人権への影響にどのように取り組んでいるかについての企業からの情報提供は,影響を受けるステークホルダーとの非公式なエンゲージメントから公式な報告書による公表まで幅広い。国家がそのような情報提供を奨励し,また場合によっては,要求することは,企業による人権尊重を促進するために重要である。適切な情報を伝えることを促すための方策のひとつに,司法または行政手続の過程でなされる自発的な報告に重きを置く規定がある。情報提供を求めることは,事業活動の性質または活動状況が人権に対し重大なリスクをもたらす場合には特にふさわしいであろう。この分野における政策や法律は,情報へのアクセス可能性及びその内容の正確性双方を確保することに役立つとともに,企業が何をどのように伝えるべきかを役に立つように明らかにすることができる。

 どんな情報提供が適切であるかについての規定は,人と施設の安全や保安,正当な商取引守秘義務,及び企業の規模や構造が同じでないことに与えるリスクを考慮すべきである。

 財務報告が触れなければならないのは,人権への影響が,場合によっては企業の経済的パフォーマンスに対し「重要」または「顕著」となることを明示することである。

 

 数多くの企業の取り組みに資する設問8の結果の情報は,それ自体すぐれて公益性を有し,開示することによってもたらされる,企業を含めた社会全体の利益は非常に大きいと私は考える。

 「ビジネスと人権」に関する認識が広まり,企業の取り組みが日本全体としてようやく緒についた現在の状況において,取り組みにとって有益な情報を企業にも共有し,企業の協力を得ながら政策を進めることが政府には求められていると考える。

第3 諮問庁の説明の要旨

1 事案の概要

(1)審査請求人は,令和4年6月16日付けで,法4条1項の規定に基づき,処分庁に対し,別紙の1に掲げる文書(以下「本件請求文書」という。)の開示請求(以下「本件開示請求」という。)を行い,処分庁は,同月20日付けでこれを受け付けた。

(2)本件開示請求に対し,処分庁は,法10条2項の規定に基づき開示決定等の期限の延長をして,本件請求文書に該当する6文書を特定し,対象となる当該行政文書の一部について法13条1項の規定に基づき第三者に対する意見提出機会の付与を行った上で,令和4年8月15日付け20200620公開経2号をもって,請求対象文書と特定した6文書のうち本件対象文書を除いた5文書について法9条1項の規定に基づき法5条1号又は同条2号イに該当する部分を除いて開示する決定をし,本件対象文書について法9条2項の規定に基づき全部を不開示とする決定を行った。

(3)原処分に対し,開示請求者である審査請求人は,行政不服審査法(平成26年法律第68号)4条1号の規定に基づき,令和4年10月1日付けで,諮問庁に対し,処分庁が不開示とした本件対象文書を開示することを求める審査請求(以下「本件審査請求」という。)を行った。

(4)本件審査請求を受け,諮問庁において,原処分の妥当性につき改めて慎重に精査したところ,本件審査請求には理由がないと認められたため,諮問庁による裁決で本件審査請求を棄却することにつき,情報公開・個人情報保護審査会に諮問するものである。

2 原処分における処分庁の決定及びその理由

 原処分における処分庁の決定及びその理由

処分庁は,本件対象文書の全部が法5条2号ロ及び6号の不開示情報に該当するため,法9条2項の規定に基づき不開示とする原処分を行った。

 原処分において,不開示とした理由は,以下のとおりである。

 本件対象文書は,本件アンケート調査の全結果の元データであって,本件アンケート調査の調査結果は個社が特定されない形で加工・集計した上で公表するとの前提で実施したものであり,各法人等から公にしないとの条件で任意に提供されたものであって,法人等における通例として公にしないこととされているもの等であり,法5条2号ロに該当する。また,当該前提のもとで実施した本件アンケート調査の全結果の元データである当該文書を経済産業省が公にすることにより,今後の同種のアンケート調査に協力が得られなくなる,又は,経済産業省に情報提供をしようという事業者が,提供した資料が公になることをおそれるあまり,情報提供をすることをためらうなどのおそれがある。その結果,経済産業省の事務又は事業に関係する様々な事業者から,適宜に幅広く情報収集を行うことが困難となり,経済産業省の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,法5条6号に該当する。以上により,本件対象文書は,不開示とした。

3 審査請求人の主張についての検討

(1)審査請求人は,処分庁が,原処分で全部が法5条2号ロ及び6号の不開示情報に該当するため不開示とした本件対象文書を開示することを求めているので,以下,本件対象文書の法5条2ロ及び6号の不開示情報該当性について,具体的に検討する。

(2)本件対象文書は,本件アンケート調査の実施業務の委託先が,調査対象先の各法人等から公にしないとの条件で任意に提供された回答が未加工の状態で記載された一覧表であって,調査結果は個社が特定されない形で加工・集計し,集計値の形でのみ利用し回答内容は公開しない前提で実施したものであり,法人等における通例として公にしないこととされていることから,当該文書を経済産業省が公にすることにより,今後の同種のアンケート調査に協力が得られなくなる,又は,経済産業省に情報提供をしようという事業者が,提供した資料が公になることをおそれるあまり,情報提供することをちゅうちょし,今後の情報収集活動を行うことが困難となり,経済産業省の事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,その全体が法5条2号ロ及び6号の不開示情報に該当することから,これを不開示とした原処分は妥当である。

4 結論

 以上により,本件審査請求については何ら理由がなく,原処分の正当性を覆すものではない。

 したがって,本件審査請求については,棄却することとしたい。

5 補充理由説明書

 原処分において,本件対象文書に記載された情報の全てが法5条2号ロ及び6号に該当するとして不開示としたが,審査請求人の意見書等も含め改めて検討した結果,回答企業の特定につながる情報が記載された部分及び回答企業に属する個人の氏名が記載された部分を除き,開示することとする。また,本件対象文書の一部を開示することに伴い,不開示理由を法5条1号及び6号に変更する。

 不開示を維持する具体的な部分は別表のとおりである。

 別表の通番1に掲げる部分は,回答企業の特定につながる情報が記載されており,これを公にすると,回答企業を特定されない形で調査結果を公表するとした調査条件に反することになるため,法5条6号に該当する。

 別表の通番2に掲げる部分は,これを公にすると,新たに開示する部分や他の公開情報と突合することにより,回答企業を容易に推察・特定することができるため,通番1に掲げる部分と同様に法5条6号に該当する。

 別表の通番3に掲げる部分は,これを公にすると,特定の個人を識別することができるため,法5条1号に該当する。

第4 調査審議の経過

当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり,調査審議を行った。

① 令和4年11月28日 諮問の受理

② 同日         諮問庁から理由説明書を収受

③ 同年12月2日    審議

④ 令和5年1月6日   審査請求人から意見書を収受

⑤ 同年8月3日     本件対象文書の見分及び審議

⑥ 同月24日      諮問庁から補充理由説明書を収受

⑦ 同年9月27日    審議

第5 審査会の判断の理由

1 本件対象文書について

 本件対象文書は,別紙の2に掲げる文書である。

 処分庁は,本件対象文書の全部が法5条2号ロ及び6号に該当するとして不開示とする原処分を行ったところ,審査請求人は,不開示部分の開示を求めている。諮問庁は,不開示部分のうち一部を開示することとするが,補充理由説明書別表(以下「別表」という。)に掲げる不開示部分(以下「不開示維持部分」という。)については,同条1号及び6号に該当するとして,原処分妥当としている。そこで,以下,本件対象文書の見分結果に基づき,不開示維持部分の不開示情報該当性について検討する。

2 不開示維持部分の不開示情報該当性について

(1)不開示維持部分を不開示としたことについて,当審査会事務局職員をして諮問庁に確認させたところ,諮問庁から次のとおり説明があった。

 日本政府は,責任ある企業活動の促進を図ることにより,国際社会を含む社会全体の人権の保 護・促進に貢献し,日本企業の信頼・評価を高め,国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上に寄与することを目的とし『「ビジネスと人権」に関する行動計画』を令和2年10月に策定した。経済産業省は,外務省とともに当該行動計画策定後の日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況についての実態把握を目的として,アンケート調査を実施した。本件対象文書は,当該アンケート調査に回答した企業(以下「回答企業」という。)ごとに,各設問に対する回答内容,回答企業の属性及び回答の整理に係る情報等を横一覧に表形式で記載した文書である。

 当該アンケート調査の実施に当たり,アンケート送付企業担当者に対しては,当該アンケート調査を通じて得られた回答記入者の氏名,企業名,連絡先等の個人情報及び個社の回答内容については,経済産業省・外務省・委託事業者にのみ共有され,当該アンケート調査の目的以外には利用しない旨及び当該アンケート調査の結果は,個社が特定されない形で加工・集計した上で公表する旨,説明している。

 当該アンケート調査結果は,「令和3年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況及び今後の対応に関する調査)調査報告書」として取りまとめ,公表している。当該アンケート調査実施時の説明を踏まえ,当該調査報告書には,個社が特定される回答内容は掲載していない。

 別表の通番1に掲げる部分は,回答企業が識別できる情報が記載されており,これを公にした場合,回答企業が特定され,回答企業を特定されない形で調査結果を公表するとした調査条件に反することになり,今後,同様の調査を行うこととなった場合に,調査への協力が得られず,適正な調査が期待できなくなる結果,今後の調査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある。

 別表の通番2に掲げる部分は,これを公にした場合,他の公表されている各種会社情報と組み合わせることにより,回答企業を特定することが容易となる。このため,当該部分については,これを公にした場合,回答企業が特定され,回答企業を特定されない形で調査結果を公表するとした調査条件に反することになり,今後,同様の調査を行うこととなった場合に,調査への協力が得られず,適正な調査が期待できなくなる結果,今後の調査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある。

 別表の通番3に掲げる部分は,公表慣行のない個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができるものである。また,当該部分を公にした場合,回答企業との信頼関係が失われ,今後,同様の調査を行うこととなった場合に,調査への協力が得られず,適正な調査が期待できなくなる結果,今後の調査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある。

(2)以上を踏まえ,以下,検討する。

 当審査会において,本件対象文書を見分したところ,上記(1)アの諮問庁の説明のとおり,当該文書は,経済産業省による「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」の回答について,回答企業ごとに一覧できる表形式でまとめた文書であると認められる。

 諮問庁から当該アンケート調査に係る協力依頼文書,回答方法や回答の取扱いについての説明文書,調査票及び「令和3年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業調査報告書」の提示を受けて確認したところ,上記(1)イの諮問庁の説明のとおり,当該アンケート調査に当たり,調査結果は個社の特定につながらないよう加工した上で公表する旨説明していること及び当該調査報告書に個社が特定される情報の記載がないことが認められる。

 諮問庁から別表の通番ごとに不開示維持部分を示した部分開示案の提示を受け,本件対象文書の不開示維持部分に該当する部分と比較して確認したところ,別表の通番1に掲げる部分には,回答企業に係る社名,証券コード及び連絡先並びに記述式回答のうちの一部の固有名詞及びURL等が記載されていると認められる。また,別表の通番2に掲げる部分には,回答企業に係る従業員数規模及び売上高規模が記載されていると認められる。回答企業に係る当該部分を公にすると,当該アンケート調査に当たり個社の特定につながらないようにする旨の説明を違えることになり,回答企業との信頼関係が崩壊し,今後同様の調査への協力を得ることが困難となるおそれがあるとの上記(1)ウ及びエの諮問庁の説明は否定し難い。

 したがって,当該部分は,これを公にすると,今後の事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認められることから,法5条6号柱書きに該当し,不開示とすることが妥当である。

 また,上記イと同様の方法で確認したところ,別表の通番3に掲げる部分には,回答企業に所属する個人の氏名が記載されていると認められる。当該部分は,法5条1号本文前段に規定する個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができるものに該当し,同号ただし書イないしハに該当する事情は認められない。また,当該部分は,個人識別部分に該当すると認められることから,法6条2項による部分開示の余地はない。

 したがって,当該部分は,法5条1号に該当し,不開示とすることが妥当である。

3 審査請求人のその他の主張について

 審査請求人のその他の主張は,当審査会の上記判断を左右するものではない。

4 付言

 本件対象文書の全てを全部不開示とする原処分は,不開示部分,不開示理由についての検討が不十分であったことは明らかである。

 今後,開示請求がされた場合,その開示・不開示の判断に当たり,法5条の各号に掲げる不開示情報を除き,開示すべきであるという情報公開制度の趣旨に鑑み,適切に判断することが望まれる。

5 本件一部開示決定の妥当性について

 以上のことから,本件対象文書につき,その全部を法5条2号ロ及び6号に該当するとして不開示とした決定については,諮問庁が同条1号及び6号に該当するとしてなお不開示とすべきとしている部分は,同条1号及び6号柱書きに該当すると認められるので,不開示とすることが妥当であると判断した。

(第2部会)

委員 白井玲子,委員 太田匡彦,委員 佐藤郁美

 

別紙

1 本件請求文書

 令和3年9月3日から実施された「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート」に関連する以下①ないし⑤の文書

文書1 本アンケート調査の質問票

文書2 本アンケート調査の全質問項目への回答の単純集計値がわかる文書

文書3 本アンケート調査の実施業務の委託先から経済産業省への報告のうち,自由記述回答の内容が記された文書

文書4 本アンケート調査を企業に依頼した際の依頼文書

文書5 本アンケート調査の実施に関する業務委託契約書及び仕様書

2 本件対象文書

 日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査の実施業務の委託先から経済産業省への報告のうち,自由記述回答の内容が記された文書

 

補充理由説明書別表

通番 不開示維持部分
1     回答企業の社名,証券コード,電話番号・メールアドレス等の連絡先及び記述式回答のうち回答企業の特定につながる固有名詞やURL等の記載がある部分
従業員数規模及び売上高規模の記載がある部分
回答企業の担当者の氏名が記載されている部分