情報公開・個人情報保護審査会への意見書

  • 2023年1月4日付で審査請求人が審査会宛て提出した意見書です。
  • 意見書の内容は部分的に答申書にも含まれていますが、正確な引用にはなっていないため、下記に意見書全文をそのまま示します。


意見書

2023年1月4日

 

1.本意見書の趣旨

 令和4年11月24日付けの経済産業省の「理由説明書」では、不開示とする処分をした理由に関し、論拠となる事情として下記の2点が説明されています。

① 本アンケート調査は、調査結果を個社が特定されない形で加工・集計した上で公表する、との前提で実施したものであること

② 当該文書を公にすることにより、今後の同種のアンケート調査に協力が得られなくなる、又は、経済産業省に情報提供をしようという事業者が、提供した資料が公になることをおそれるあまり、情報提供をすることをためらうなどのおそれがあること

 令和4年10月1日付で提出した審査請求書(以下「審査請求書」といいます)で私は、上記①について、自由記述回答においても、個社の特定に繋がるような情報を適切にマスキングなどして加工すれば、個社の特定に繋がることはない旨を審査請求書の「3.(2) 理由」で述べました。またこの点に関してさらに、『「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)』のフォローアップの一環として実施されたこのアンケート調査については、国連からも求められているように、可能な限り情報を公開し、透明性を確保して包摂的な議論に資するべきであることも述べました。

 上記②については、当該の「おそれ」は具体的な根拠のない憶測であり、法的保護に値する蓋然性はない旨を述べるとともに、上記のように適切にマスキング等を行えば、回答した事業者を第三者は特定できず、したがって「おそれ」の原因がなくなる旨も述べました。

 この意見書では、これらを前提としながら、審査請求書の「3.(2) 理由のウ」で述べた下記に関して補足的に意見を述べたいと思います。

また、今後の取り組みを真摯に模索している事業者にとっては、他社がどのように考え、どのように回答しているかは、むしろ積極的に知りたい内容であると考えられる。その意味で、不開示とされた内容は公益性の高い情報であり、開示することによってもたらされる社会全体の利益と、開示することにより生じるとされる「支障」とを適切に比較衡量すれば、利益が支障を上回ることは明らかである。  

 

2.設問8の重要性

 不開示とする処分がなされた本アンケート調査の自由記述回答を求める設問は下記の2つです。

設問8「人権方針策定に向けては、国際的な基準*に準拠していることが求められますが、その際の課題あるいはその他何かコメントがあれば自由にご記入ください。

 * 国際的な基準:国際人権規約、国連ビジネスと人権に関する指導原則、ILO基本8条約、ILO宣言(労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言)、ILO多国籍企業宣言(多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言)、OECD多国籍企業行動指針、国連グローバルコンパクト、など」

設問56「その他政府への要望があれば自由にご記入ください。」

 この2つの設問のうち設問56については、その前の設問55で、比較的詳細な26項目からの複数選択回答を求めており、この回答については一定のクロス集計結果も含めてすでに経済産業省ウェブサイトで公開されています。したがって、概ねの「政府への要望」は知ることができます。

 一方、設問8については、企業が抱える「課題」等について、設問55のような選択式の設問がなく、おおよその傾向さえ知ることができません。したがって、以下ではこの設問8に焦点をあてて、開示がなぜ必要かを述べます。

 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます)は、原則12で下記のように「国際的に認められた人権」(設問8でいう「国際的な基準」の最も基本となるもの)に依拠することを求めています。少し長くなりますが「解説」(commentary)部分も重要ですので併せて引用します。下線は審査請求人によるものです。

人権を尊重する企業の責任は、国際的に認められた人権に拠っているが、それは、最低限、国際人権章典で表明されたもの及び労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則と理解される。

 

(解説)

企業は、国際的に認められた人権全般に実際上影響を与える可能性があるので、その尊重責任はそのような権利すべてに適用される。特に、人権の中には、他のものに比べ、特定の産業や状況のなかでより大きいリスクにさらされる可能性のあるものがあり、そのために特に注意が向けられる対象となる。しかしながら、状況は変化することがあり、あらゆる人権が定期的なレビューの対象とされるべきである。

 

 国際的に認められた主要な人権の権威あるリストは、国際人権章典(世界人権宣言、及びこれを条約化した主要文書である市民的及び政治的権利に関する国際規約ならびに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)とともに、労働における基本的原則及び権利に関する宣言に挙げられたILO中核8条約上の基本権に関する原則にある。これらは、企業の人権に対する影響を他の社会的アクターが評価する際の基準である。企業が人権を尊重する責任は、関連する法域において国内法の規定により主に定義されている法的責任や執行の問題とは区別される。

 

 状況に応じて、企業は追加的な基準を考える必要があるかもしれない。例えば、企業は、特別な配慮を必要とする特定の集団や民族に属する個人の人権に負の影響を与える可能性がある場合、彼らの人権を尊重すべきである。この関係で、国際連合文書先住民族、女性、民族的または種族的、宗教的、言語的少数者、子ども、障がい者、及び移住労働者とその家族の権利を一層明確にしている。さらに、武力紛争状況では、企業は国際人道法の基準を尊重すべきである。

 ここでいう「人権を尊重する企業の責任」には、設問8で直接尋ねられている「人権方針の策定」はもとより、指導原則が求める「人権デュー・ディリジェンスの実施」、「救済へのアクセスの確保」に関しても当然ながら含まれ、企業が指導原則に基づいて「ビジネスと人権」の課題に取り組むあらゆる段階で求められる重要な要素となっています。

 しかしながら、「人権」についての共通理解に乏しい日本企業において、こうした「国際的に認められた人権」に基づいた取り組みを行うことは容易ではありません。どうすれば国際的な基準に基づいていることになるのか、担当者は理解していてもそれを社内でどう説明すればいいのか、…といった「課題」を多くの企業が抱えているのが現状です。

 人権方針等で世界人権宣言や国際人権規約などの人権関連文書に言及するだけでは、国際的な人権基準に基づいて取り組んでいることにはなりません。そうした形式だけを整えても、企業は人権尊重責任を十分に果たすことはできず、企業活動による潜在的な負の影響を防止・軽減し、実際の負の影響を是正して救済につなげる取り組みも不十分なままになります。また、国の内外において責任ある企業行動がますます求められるなか、企業間取引でも、また資本市場でも消費市場でもいずれ排除されてしまい、企業経営にもマイナスの影響が及びます。

 私自身の調査研究等でも、こうした課題をいかに解決するかが重要なテーマの一つになっており、この設問8は重要な意味を持ちます。加えて、真摯に取り組んでいる企業にとっても、設問8は重要な意味を持っています。この点を次に述べます。

 

3.設問8の結果の公益性

 2022年12月、設問8の結果の開示に関して、複数の企業及び企業団体(5社及び1企業団体)の担当者に電話等でインタビューを行いました。5社はすべて、このアンケート調査に協力した企業でした。

その結果、すべてのケースで「設問8の結果を知りたい」という回答があり、母数は少ないですが、審査請求書で私が「今後の取り組みを真摯に模索している事業者にとっては、他社がどのように考え、どのように回答しているかは、むしろ積極的に知りたい内容であると考えられる。」と述べていたことが裏付けられました。以下にその概要を記しておきます。

  • 「『特になし』と答えたが、他社の課題を知るのはすごくメリットがある。」(運輸業)
  • 「人権分野は環境分野のような明確な評価指標が未整備であり、そうした中で他社が国際基準についてどこまでやればよしとしているか、という視点から結果を知りたい。」(食品製造業)
  • 「国際的な基準のレベル感がわからないまま手探りで進めており、同業はじめ他社にどんな悩みがあるか知りたい。」(インフラ事業)
  • 「課題が多すぎる中、自社が見落としていることがないかどうか知りたい。」(B to B製造業)
  • 「勉強になるため結果を知りたい。」(食品製造業)
  • 「他社の取り組みの情報は自社にとっても非常に重要で、自団体でも情報交流の場を設けている。自社が世の中とどれだけ乖離しているかを知ることは取り組みを進める上で非常に重要。」(企業団体)

 こうして、真摯に取り組もうとしている企業の課題は多く、悩みも深いのが現実です。こうした現状のもと、可能な範囲で(つまり、繰り返しますが、個社の特定に繋がるような情報を適切にマスキングなどして加工した上で)結果を開示することが、アンケート回答に協力した企業をはじめ、広く企業の取り組みに資することになると考えます。

 指導原則は原則3で、「国家の人権保護義務」の一つとして、「人権をどのように尊重するかについて企業に対し実効的な指導を提供」すべきであるとし、「人権尊重に関する企業への指導は、結果として何が期待されているのかを示し、最良の慣行の共有を促進すべきである」としています。「最良の慣行の共有を促進」するためには、課題に満ちた現実の中にある企業の経験を共有し、企業自らによる課題の解決に資することも必要であると考えます。ここに設問8の結果を共有する意義があります。上記の原則12同様、長くなりますが、原則3を以下に引用しておきます。下線は審査請求人によるものです。

保護する義務を果たすために、国家は次のことを行うべきである。

(a) 人権尊重し、定期的に法律の適切性を評価し、ギャップがあればそれに対処することを企業に求めることを目指すか、またはそのような効果を持つ法律を執行する。

(b) 会社法など、企業の設立及び事業活動を規律するその他の法律及び政策が、企業に対し人権の尊重を強制するのではなく、できるようにする。

(c) その事業を通じて人権をどのように尊重するかについて企業に対し実効的な指導を提供する。

(d) 企業の人権への影響について、企業がどのように取組んでいるかについての情報提供を奨励し、また場合によっては、要求する。

 

(解説)

国家は、企業が常に国家の不作為を好み、または国家の不作為から利益を得ると推定すべきではなく、企業の人権尊重を助長するため、国内的及び国際的措置、強制的及び自発的な措置といった措置を上手に組み合わせることを考えるべきである。

 

企業の人権尊重を直接的または間接的に規制する現行法が執行されないことは国家慣行上の著しい法的ギャップである。それは、差別禁止法や労働法から、環境、財産、プライバシー及び腐敗防止に関する法にまで及ぶ。したがって、国家は、そのような法律が、現在、実効的に執行されているか、もし執行されていないのであればなぜそのような事態に至ったのか、どのような措置をとれば状況がそれなりに改善するのかについて考察することが重要である。

 

同様に重要なことは、これらの法令は常に進化しつつある状況に照らして必要な対処ができるか、関連した政策とともにこれらの法令は、企業の人権尊重に資する環境を作りだしているかについて、 国家が再検討することである。例えば、土地の所有や使用に関連する権原を含む、土地へのアクセスを規律するような、法令や政策の分野において明確性をより高めることが、権利保持者と企業の双方を保護するために、必要となることも多い。

 

会社法や証券法など、企業の設立と継続的な事業活動を規律する法令や政策は、企業の行動に直接的に枠付けをする。しかし、それが人権に対してどのような影響を持つかということについては、ほとんど理解されていないままである。例えば、会社法や証券法において、会社及びその管理職が人権に関して何を求められているのかということは言うまでもなく、何を許されているかに関しても、明確な規定はない。この分野の法令や政策は、取締役会など既存の統治組織の役割に配慮しながら、企業が人権を尊重できるように十分な指導を提供すべきである。

 

人権尊重に関する企業への指導は、結果として何が期待されているのかを示し、最良の慣行の共有を促進すべきである。そこでは、人権デュー・ディリジェンスを含む適切な手法や、先住民族、女性、民族的または種族的少数者、宗教的及び言語的少数者、子ども、障害者、及び移住労働者とその家族が直面する具体的な課題を理解したうえで、ジェンダー、社会的弱者、及び/または排斥問題をいかに実効的に考慮するかについて助言すべきである。

 

パリ原則に基づいた国内人権機関は、関係法令が人権義務に合致し、実効的に執行されているかどうかについて国家が確認するのを助け、人権に関する指導を企業や他の非国家アクターにも提供するという、重要な役割を有している。

 

人権への影響にどのように取り組んでいるかについての企業からの情報提供は、影響を受けるステークホルダーとの非公式なエンゲージメントから公式な報告書による公表まで幅広い。国家がそのような情報提供を奨励し、また場合によっては、要求することは、企業による人権尊重を促進するために重要である。適切な情報を伝えることを促すための方策のひとつに、司法または行政手続の過程でなされる自発的な報告に重きを置く規定がある。情報提供を求めることは、事業活動の性質または活動状況が人権に対し重大なリスクをもたらす場合には特にふさわしいであろう。この分野における政策や法律は、情報へのアクセス可能性及びその内容の正確性双方を確保することに役立つとともに、企業が何をどのように伝えるべきかを役に立つように明らかにすることができる。

 

どんな情報提供が適切であるかについての規定は、人と施設の安全や保安、正当な商取引守秘義務、及び企業の規模や構造が同じでないことに与えるリスクを考慮すべきである。

 

財務報告が触れなければならないのは、人権への影響が、場合によっては企業の経済的パフォーマンスに対し「重要」または「顕著」となることを明示することである。

 数多くの企業の取り組みに資する設問8の結果の情報は、それ自体すぐれて公益性を有し、開示することによってもたらされる、企業を含めた社会全体の利益は非常に大きいと私は考えます。

 「ビジネスと人権」に関する認識が広まり、企業の取り組みが日本全体としてようやく緒についた現在の状況において、取り組みにとって有益な情報を企業にも共有し、企業の協力を得ながら政策を進めることが政府には求められていると考えます。

以上