透明性はなぜ重要か/未公開回答結果からみえてくるもの

●透明性はなぜ重要か

 このアンケート調査は、ビジネスと人権に関する国の行動計画(NAP)のフォローアップの一環として、「今後の政策対応を検討するに当たって、企業による人権DD(人権デュー・ディリジェンス)をはじめとする人権関係の取組について、その実態や課題を把握」(経済産業省ウェブサイト)するために実施されたものです。

 この「今後の政策対応」は、国の人権保護義務(ビジネスと人権に関する指導原則の第1の柱)を果たすべく実施されるものですが、その諸施策は、企業経営にも、また企業活動から負の影響を受ける当事者である企業で働く人々や市民、消費者にも、大きな影響を及ぼします。場合によっては命にもかかわるそれらの施策が妥当なものであるか、十分なものであるかは、絶えず検証される必要があります。そのためには政府の施策の十分な透明性が不可欠です。

 この点、NAPについても同様で、その策定プロセスにおいて、また策定後の実施・モニタリング・改定プロセスにおいても、透明性と包摂性が不可欠です。国連ビジネスと人権に関する作業部会の「NAPガイダンス(※)は、この点がNAPに「不可欠の基準(essential criteria)」であるとして次のように指摘しています。

「NAPは包摂的で透明性のあるプロセスの下で策定される必要がある。関係するステークホルダーはNAPの策定及び改定への参画が認められ、その意見が考慮される必要がある。すべてのプロセスにおいて、情報は透明性をもって共有される必要がある。」

 これはNAP策定後のプロセスでも同様で、「NAPガイダンス」は次のように指摘しています。

「NAPプロセスは、NAPの策定、モニタリング及び改定を含め、包摂性及び透明性があり、影響を受ける可能性がある個人またはグループ及び関係するステークホルダーの見解や必要性を考慮するものでなければならない。これは、権利に適合するアプローチにとって中心をなすものであり、とりわけ関係するステークホルダーがどの程度NAPプロセスに参加するかがNAPの正当性と有効性を決めるものである。」

 このアンケート調査はNAPのフォローアップの一環として実施されたものであり、したがって、当然ながら透明性と包摂性が不可欠です。

 ●透明性に乏しい現状

 経済産業省のウェブサイトでは、アンケートの全56の設問中35の設問に対する回答結果が公開されていません。残る21の回答結果は、調査の実施省庁である経済産業省及び外務省と調査業務の受託事業者のブラックボックスの中にあり、回答に協力した企業をはじめ、あらゆる企業や市民が知ることのできない状態にあります。透明性があるとは言えません。

 加えて、アンケートの調査票も公開されていません。しかし、アンケート結果がどのような問いに対する回答であったのかは、調査結果をみる上で重要な意味を持ちます。設問中のアスタリスクで示されている注記も重要な意味をもつ場合があります。

 経済産業省のウェブサイトでは、スライド状の資料により、調査業務の受託事業者からの「調査報告書」(※)に基づいていると思われる集計結果公開されています。簡単なクロス集計も行われ、回答内容に一定の解釈と説明が行われたその「集計結果」は、ある意味「分かりやすく」まとめられていると言えるのかもしれません。しかし、その解釈と説明の妥当性は、元のデータにアクセスできない状態では外部から、つまりステークホルダーによって検証することができません。

  • ※ 調査業務の受託事業者からの「令和3年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業」の調査報告書(詳細版概要版)は経済産業省の委託調査報告書ページで公開されています。これも広く知られているわけではありません。

●未公開回答結果からみえてくるもの(選択式回答)

  例えば、結果が公開されていない設問19では、設問12で人権デュー・ディリジェンスの実施対象を具体的に答えた企業を対象に、「人権デュー・ディリジェンスにおいて、実施しているものを選択してください」と、複数選択可で回答を求めています。その中で「事業が人権に与える影響(人権リスク)を特定」と回答した企業は「56%、219社」となっています。 

  この設問では、アスタリスクの注記で「取引先を対象とする人権デュー・ディリジェンスに関する質問」であると限定されています(「取引先」は「仕入先及び販売先/顧客を含む」であることが、設問14など5設問の注記で定義されています。)。

 一方、設問12で人権デュー・ディリジェンスの実施対象を具体的に答えた企業のうち、この「取引先」の範囲で最も多いのは「直接仕入先(国内)」の「32%、244社」です。回答企業が「グループ会社(子会社、関連会社等)」も「取引先」に含めて考えたとすれば、最も多いのは「グループ会社(子会社・関連会社等)(国内)」の「42%、317社」となります。 

  この「32%、244社」~「42%、317社」の企業のうち、「56%、219社」が「事業が人権に与える影響(人権リスク)を特定」していることになります。逆に言えば、「取引先」を対象に人権デュー・ディリジェンスを実施しているとした企業のうち、244-219=25社(10%)から317-219=98社(32%)の企業が「事業が人権に与える影響(人権リスク)を特定」していない、ということになります。

 他方、経済産業省が公表している「集計結果」のスライドでは、人権デュー・ディリジェンスを実施している企業は「52%、5割強」であることが総括的に「分かりやすく」示されています。アンケートの中で人権デュー・ディリジェンスを実施しているかどうかを尋ねる設問はなく、この「52%、5割強」は人権デュー・ディリジェンスの実施対象を問う設問12から導き出されていると思われますが、上記のように、その「52%、5割強」のうち10%~32%の企業が「事業が人権に与える影響(人権リスク)を特定」していない、ということになります。 

 指導原則は原則18の解説で、「企業が関与する、実際のそして潜在的な人権への負の影響の性質を特定し、評価すること」を人権デュー・ディリジェンスの「第一歩」としています。これができていないと人権デュー・ディリジェンスを始めることができない基本的な「第一歩」が、10%~32%という少なくない企業で実施されていないことになります。「52%」または「5割強」の企業が「人権デュー・ディリジェンスを実施している」と果たして言えるだろうか、という疑問が生じてきます。

 現状を正確に把握することは、政策を考える前提として極めて重要です。加えて、往々にして数字は「独り歩き」をします。実際、このアンケート結果が公表されて以降、新聞などのメディアの中で、あるいはさまざまな場での言及の中で(※1)、「52%、5割強」が語られてきました。そもそも調査対象はほとんどが上場企業であったこと(※2)、また回答率が約27%であったことも、時間の経過とともに言及されないことが多くなる場合さえあります。

 指導原則の原則3は国の人権保護義務の一環として、「事業を通じて人権をどのように尊重するかについて企業に対し実効的な指導を提供する」ことを国に求めています。正確な現状認識のもとに諸施策を企画・実施することが政府には求められています。このケースの場合は企業の人権デュー・ディリジェンスをいかに支援・促進するかを、現状を正確に把握した上で検討しなければなりません。このことに、アンケート調査は果たして本当に資することができているのか、という問いを、この結果未公開の設問19は示しています。

●未公開回答結果からみえてくるもの(自由記述回答)

 「分かりやすく」まとめることが困難な自由記述回答はしかし、選択式回答には表れない回答企業の「生の声」が含まれています。これらは、企業の取り組みの現場で具体的に何が課題になっているかを理解するための貴重な情報源となります。

 例えば設問8では「人権方針策定に向けては、国際的な基準に準拠していることが求められますが、その際の課題あるいはその他何かコメントがあれば自由にご記入ください。」と自由記述での回答を求めています。この設問8をこのサイトでは重視し、回答結果を「難解」「基準過多」「別途基準希望」「準拠」「国際規範優先」「社内浸透・体制」「サプライチェーン」「現地対応」「法規制ギャップ」「政府ギャップ」「政府要望」「専門家助言」「取組途上」「その他」という14のキーワードによってカテゴライズし、情報にアクセスしやすいようにしています。

 例えば、上記の指導原則の「第一歩」に関して言えば、「国際的な基準」(国際的に認められた人権)が難しくキーワード:難解、また多岐にわたりキーワード:基準過多、別途独自の基準を求める声も寄せられているキーワード:別途基準希望ことがわかります。また、何をもって国際基準に「準拠」していることになるのか(※)、という疑問もみられますキーワード:準拠

 設問51(「人権を尊重する経営を実践する上で課題となっている点があれば選択して下さい(複数選択可)」の選択肢「その他」について「具体的にご記入ください」との設問)設問56(「その他政府への要望があれば自由にご記入ください。」)では、関連する選択式設問も別途用意されていて、その回答結果からも概ねの傾向は知ることができます。しかし、自由記述回答結果に表れた具体的な企業の声からは、選択式回答の集計結果の数字の背後にある「意味」をより深く読み取ることができます。